耐震について知ろう

2024/03/01

事例で分かる★耐震工事成功のポイント~店舗併設マンション~1

第1回:震災を機に動き出した耐震化への道 合意形成のポイントとは?

<事例>
中銀南長崎マンシオン
竣工:1971年 総戸数:58戸

マンションの耐震性は、生活や安全、資産価値を守る要です。同時に近年頻発する地震災害に際して、有効な対策を講じずに周辺に物的・人的被害が生じた際には、区分所有者全体で責任を負う場合もあります。今後南海トラフ沖大地震の発生が予測される現在、いち早く耐震診断を行い、問題がある場合には耐震工事を実施することが望まれます。一方で、多くの区分所有者がいるマンションでは、さまざまな要因から合意形成が難しいことも事実です。では、耐震工事を完了させたマンションでは、どのように合意形成が行われていたのでしょうか?

今回は、総戸数が50を超える中規模マンションで耐震工事を完了させた中銀南長崎マンシオンで管理組合の理事長を務める佐藤省三さんと、本物件の耐震化に検討段階から携わったサンメイト一級建築士事務所の杉本重実さんにインタビュー。第1回のテーマは「合意形成」。耐震化に向けた合意形成の過程を紐解きます。

(画像左から)中銀南長崎マンシオン管理組合 理事長 佐藤省三さん、サンメイト一級建築士事務所 代表 杉本重実さん

(以下、敬称略)

‐中銀南長崎マンシオンの耐震化の検討を始めたのは2011年。きっかけとなったのはやはり東日本大震災でしょうか?

佐藤:東日本大震災もきっかけの1つですが、同日に東京都議会で原案可決された「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」の存在も大きかったですね。
これは震災時の避難や救急・消火活動などを支える緊急輸送道路の機能を確保するため、沿道建築物の地震に対する安全性の向上を図るもので、耐震性にリスクのある建物はすべて診断を義務化し、耐震設計・工事を進めるように定めています。本物件は緊急輸送道路に指定されている目白通りの沿道にあたり、条例により行う耐震診断なので費用は全額補助金でまかなうことができました。

‐補助金による後押しもあって、耐震診断まではスムーズに進んだようですね。そこからの合意形成が難しかったとお聞きしました。

杉本:耐震工事は多くの場合、設計で止まってしまうんです。耐震工事にかかる費用はおおむね数億円と、耐震診断や設計までとは桁が1つ違う額がかかります。本物件に限らず、資金調達の方策や区分所有者全体への合意形成には非常に時間がかかるケースが多いですね。

佐藤:検討当初の理事は高齢の方々が多く、耐震性だけでなく住まいの老朽化している箇所の修繕も諦めて我慢している状態。まずは杉本先生と相談しながら、理事たちのやる気を出してもらうことから始まりました。当時は耐震工事にも大きな補助率の補助金を募集していたので、個人個人の区分所有者のところに「1億円でも補助金もらえれば得できる」と説得していました。

‐耐震工事の必要性を丁寧に説明しながら、補助金の活用などのメリットも説明していくことで前向きな気持ちを醸成していったようですね。

杉本:佐藤さんと私で耐震化について動いていましたが、並行して区分所有者の皆さんが困っていることを聞いて回っていました。その時に活用できる補助金で直せるところはすべて直していき、修繕の価値を実感していただきましたね。

佐藤:その中で、私自身が杉本先生に相談し、自宅の老朽化した部分を補助金を活用して修理してみることにしたんです。すると、それを見た他の区分所有者の方々も興味を持っていただいたので、補助金を使った修理の仕方を教え、生活が快適になっていくのを体感してもらいました。そんなことが2回、3回とあると、修繕していくことで自宅がよりよくなっていくことが実感でき、理事会はじめ区分所有者の耐震工事への意識気持ちが劇的に変わりました。

‐中銀南長崎マンシオンの場合、1階と2階は企業が所有しテナントとして貸し出していますが対企業との合意形成ではどのような点が難しくなるのでしょうか?

杉本:企業だけなく借りている店舗との合意形成も必要です。今は1階にドラッグストアが入っていますが、住宅と店舗では全く利害が異なり、その調整が最も難しいところです。テナントのことばかり聞いていると、区分所有者に不利益が生じてしまう場合もあるためです。

‐では、どのように合意形成を行ったのでしょうか?

佐藤:本物件の場合は、杉本先生を介して所有企業とお話をしていただき、なんとか合意形成をとれたというかたちでしたね。

杉本:テナントを借りている店舗へは、店舗の内装をリニューアルする予定があるという情報を事前に入ってきていたので、リニューアル工事とタイミングを合わせて耐震工事を実施することで、合意形成ができました。加えてこちらでもやはり補助金を活用したことがポイントになりました。今回でいえば、テナントに入っている店舗に支払う迷惑料のようなかたちで、管理助成金が加算されました。

‐やはり資金調達は耐震工事の最大の障壁といえます。今回は補助金以外の費用は全額借入で実施したと聞きましたが、資金調達の合意形成の過程について教えてください。

佐藤:借り入れするときは修繕積立金の額で借入額が決まるため、まずは修繕積立金の増額について合意していただきました。また、合意形成で大きなポイントになったのは、返済期間が長くなったことでした。現在、耐震工事を目的に借入をする場合、従来の返済期間は10年でしたが、現在では倍の20年に伸びています。返済期間が伸びれば毎月の返済額を減額できるので、耐震工事がよりやりやすい制度になっています。

杉本:耐震工事ができない理由で、一番にあがるのが資金不足です。しかし、本物件では手持資金がなくても借入で耐震工事ができました。そういう意味では、もちろん修繕積立金の値上げなどの方法もとりましたが、お金がないからできないというのは、合意形成を先延ばしするための言い訳でしかありません。
例えばものやサービスを買う時、それに対する価値というのは値段だけで決まるものではありません。自分が納得して、価値を感じるものを買うわけです。それと同じことで、耐震工事には何億円というお金をかけましたが、区分所有者の皆さんにはその価値を丁寧に説明し続けて、納得いただいたうえで実施しています。
設計者はいわば、何もないところから形を作っていき、 その人にしかわからない価値を、どれだけ具現化できるのかが大切な仕事です。それは耐震であろうと普通の設計であろうと、ものを設計する意識の中にはそれがないとできないんですよ。
「決められた東京都の条例に基づいてやる。ただ単に力学的にやる」のではなくて、完成形をどのようにイメージして皆さんに伝えるかが重要なのです。

‐耐震工事の価値を丁寧に説明し続け、工事後の未来像を示したことが区分所有者の前向きな気持ちにつながったということですね。今振り返って、合意形成のポイントとなったのはどのような点だと思いますか?

佐藤:やはり勇気を持って踏み出し、区分所有者の一人ひとりにメリットを地道に説明し続け、理解していただくことが大切です。本物件の場合、合意形成までに10年以上の年月がかかったので、当初の理事の方も、2名亡くなっています。 完成を夢見ていたんだけども、残念ながら見られなかった方もいます。そういった経緯もありますので、合意形成に至るまでの山をいかに乗り越え、工事にまで結びつけるかというのは、見方を増やし熱意を持って働きかけ続けることが重要だと思いますね。

杉本:管理組合の運営方法も大きなポイントになると思います。本物件の場合、佐藤さんが長きにわたり理事長を務めていただいていますが、通常の管理組合は区分所有者がフロアごとの輪番制で理事を務めることが多いです。なので、10年も経てば事情がすべて変わってしまっていて、重要な意思決定もしづらくなります。なので、私が関わるマンションの場合は「一旦耐震化に着手したら、絶対に理事はやめないでください」と伝えています。

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